ゆっくり映画レビュー#220『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』
事件を捜査するコナンたちが観光地を巡るのはもちろんなんですが、本筋とはほとんど関係ない観光スポットにヘリで移動する紅葉&伊織の存在に笑った。本筋の方はを誘発する雰囲気があったと思うんですが、紅葉たちに関してはもはや「関係ないじゃん!」というのが前提になってるというか、観光地を巡ることを極端に強調したメタ的な存在になってたと思う。とにかくフィクションライン、もしくはが違うんですよね。あの2人だけ。ほとんど上位存在みたいな雰囲気(つまりは作り手であり我々客)。
ただ、巡るだけでなく、その地で、その地ならではのアクションや見せ場を用意してくれるのが楽しい。クライマックスの「→」のくだりは正直「実際にやらなくてもって分かったんじゃない?」とか思ったりもしましたが、派手な見せ場としては魅力的だったし、やはり函館という地を立体的に俯瞰した上での大移動(てか駆けっこ)となったのが楽しい。
ご当地アクションとして白眉だったのは坂、海、そしてが出揃ったシーン。パッと見がほとんどサンフランシスコという感じで本当に素晴らしかったです。良いロケーションで、その独自性を踏まえた良いアクションを用意しましたね。
コナン映画全26作 個人的評価[「100万ドルの五稜星」更新]
ずばり大破壊である。日本が舞台になると途端にテロが未遂に終わってしまうジレンマ。もちろんコナン(たち)的には勝利なので良いことなんでしょうが、一度『紺青』の派手さを知ってしまうと物足りなくなってしまうというか「また未遂か……」となってしまうのも事実。やはりという、今後コナンが二度と訪れることのない、いくら破壊しても今後の物語に1ミリも関わってこない地、というのが重要だったんでしょう。渋谷は無理でも函館なら……とかなり失礼なことを考えながら本作には期待してたんですが、残念ながら。
大倉脚本回は骨組みとしては『紺青』路線が続くんですが、破壊の派手さでは最初の『紺青』がベスト。歴史的に振り返ると『紺青』の意味、価値がより深まってくるというか、再現性のない奇跡の一作だったんだなぁとありがたい気持ちになってきます。『コナン』の映画で特殊な舞台や施設の説明が入る度に「ここが壊されるんだなぁ」となると思うんですが、『紺青』だけは例外で、そこが本当に素晴らしい。
まずはじめに、函館を思う存分PRしてくれてありがとうございました!
北海道民の私にとっては、北海道が舞台でここまで函館の美しい景色を描いてくれたことに大感謝です…!
函館は観光地としてお勧めできるので沢山の方が来函してほしいな…なんて思っています。
映画の内容についてですが…
つまらなくはないけど、もっと面白くなったんじゃないかな…という感じでした。
コナンは映画メインでアニメはたまに、原作はチラッと読む程度のライト勢です。
まじっく快斗は昔アニメですこし観た程度。
なので今回は、コナンVSキッドの特集映画を観てから劇場に行きました。
結果的には、何も知らないで行くよりかは楽しめたかなと思います。途中で(だれ?あのスキンヘッドは!??)となる時もありましたが。
ただやはり、キャラ数が多い。
コナン平次キッド、まじ快、YAIBA…
今回の映画は青山作品ファン向けだったんだ…と。
キャラが出過ぎてごちゃごちゃしているからか、一人一人の活躍も薄いし、こんなに出す必要あったのか疑問です。
もっとメインキャラを活躍させてほしかったです。
お宝争奪戦ミステリーですが、推理パートも微妙。完全に置いてきぼりをくらいました。犯人と確信したきっかけがそれでいいんか?と言いたいです。
アクションはさすがに良かったですが、派手さはあまりなかったです。こんなもんだっけ?
見応えはあるけど、なんか…いやこんなもんか。
バイクアクションが多いので、4DXは結構揺れて楽しかったです!
…というか4DXがなきゃ寝ていたかも。
エンドロール後のお約束の結末は予想どおり。
で、コナンとキッドの衝撃の事実については…「あー…そうなんだ!」という感想でした。
思い入れがあるファンなら驚くのかな。
来年の映画は…ますますライト層を振り落としかねない人選な気がします。
これからのコナン映画は、気軽に観に行くのではなく予習が必須になるほどハードルが高い映画になっていくのでは…?とすこし心配しています。
振り落とされながらも毎年観に行きますが…
次回も楽しみに待っています。
名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ) 感想・レビュー 9件
はじめてに断っておきますがこのレビューは今作に対してのものでは無いです。
劇場版コナンといえば物理法則を無視した滅茶苦茶なアクションだとか脚本が滅茶苦茶だとか、そういったレビューを目にします。実際その通りですし私もそう思いますが、正直近年の劇場版コナン、というかコナンというコンテンツそのものが、そんなことはどうでも良くなるくらいに別の問題を抱えていると考えています。
1)主人公以外のキャラの消費
コナンの興行収入が爆上がりした20作目は組織が関わり、21作目は平次と和葉が関わり、22作目は安室と公安、23作目はキッドと京極と園子、24作目は赤井(と見せかけて世良)、25作目は安室と警察学校組、26作目は灰原と組織、そして今作はキッドと平次と和葉。
特定キャラ、それも劇場版オリジナルとかではなく原作にいるキャラを映画のキーパーソンにしている訳ですが、なぜ主人公やその周りでは無いのか?単純に疑問です。安室さん、さすがに出番が多すぎませんかね。組織のスパイである以上出る必要があるとはいえ、組織映画だった20作目と昨年にも出てましたし。
○○である以上特定キャラの出番がある、××が関わるから特定キャラの出番も必然的な流れで「用意されている」。書き方が悪いですが、しかし率直な意見でもあります。特に一番最後に流れる自作予告は19作目までは内容に関係する画のみが映し出されていましたが、20作目からはキャラクターの声が入るようになりました。はっきり言って特定キャラの押し売りです。
キャラクターやキャラの関係性が描かれるのは好きです。というか個人的にそういうのは大好物です。でもなんかそれを前面に押し出し過ぎて文字通り消費していると感じざるを得ないんですよ。近年は特に。安室さん出すぎと書きましたが嫌いじゃないし、キッドや他の人物に対しても同様です。でも繰り返し見に来る人ってそのフィーチャリングされたキャラのファンですよね。その人たちの為に映画作ってるんですか?ウン十億の興行になるのは話の面白さよりも推し目当てのファンによるものって事ですか........とぼやきたくなります。
それにキャラの押し売りはストーリーにも影響を与えています。
2)キャラクターのインフレで元からいたキャラクターが空気のような扱いに
特定キャラを出すという事はスポットを当てるという事、つまりスクリーンに映る時間がそれなりにある事になります。もしコナンが天涯孤独の身で友達もないキャラで、かつ1話完結型(人間関係が次回に引き継がれない)ならそれを逆手にとっていろんな人物との組み合わせが出来そうですが、そんな都合のいい物語や主人公は当たり前ですがないでしょう。物語は「主要な登場人物」がいるからです。新一、蘭、目暮、博士、小五郎、第一巻でも主要人物がこんなにいます。園子、灰原、少年探偵団、高木刑事たちも主要級の人物でしょう。
劇場版はこれらの主要人物と「映画の主要人物」=特定キャラを組み込む事になります。ですが110分(OPとED~エピローグを考慮すれば実質105分を切ってる)でこれを描くのは難題です。現状は映画の主要人物の出番が多い状態になっていますがこれは脚本の課題というより、連載が長期になるにつれキャラクターがインフレしているコナン自体の課題です。
では空気のような扱いとは何か。簡単に言えば元からいる主要人物に割り当てられた尺が少ないか、そのキャラの見せ場がない事です。例えば組織が関わる時。黒の組織はコナンにとってラスボス同然の立ち位置にあり、簡単には倒せません。そのため色々と「高いレベル」が登場人物へ必然的に要求されます。推理面だと目暮や小五郎がいらない子、悪く書けば足手まといになり、作中屈指の戦闘力を持つはずの蘭も勝つことは出来ない。では推理面で目暮達を上回る存在はだれか?捜査面では誰か?戦闘力では誰か?=コナンが頼りに出来る存在は誰か?答えは公安とFBI、になります。超人の見せ場が自ずと増えてしまう訳です。
眠りの小五郎になり、コナンが蝶ネクタイ変声機を使って推理を披露したのもここ数年では昨年くらいではないでしょうか(その昨年がまさに組織映画でしたが、各人物への尺の割り当てや見せ場の作り方は上手い方だと思います)。では眠らなかった時はどうしてた?容疑者扱いされて警察のお世話になったり、コナンたちのやった事で保護者として謝り倒していたり、ケガしてフェードアウト、と探偵としてはそんなに物語に絡んでない.......というかそもそも眠る必要がなかったのは、小五郎らを上回り、かつコナンに協力的な人物の平次、安室、キッド、世良らがいたからです。
そして所属組織や推理力や戦闘力で、蘭や小五郎を越えるウルトラ級のこの人たちがコナンと物語を進めるという事は、犯人もウルトラ級になります。25作目の犯人はもう反則レベルで強い。キャラの数のみならず「性能」もインフレを起こしています。こんな相手とやり合うのに少年探偵団や蘭がいたら物語を進める上で足かせになる時がある訳です。
その25作目は久々に少年探偵団の見せ場があって個人的に好きなんですが、結局ここでも特定の何かをフィーチャリングしている事に変わりはなく「あのキャラ立てばこのキャラ立たず」といった状況になっています。正確には「あのキャラ立てて、このキャラそこそこ立てて、そのキャラは立てれず」だと思いますが。ですので100分で初めから最後までを描く脚本家や監督は、この面に関しては頑張っている方ではないでしょうか。
10作目はオールスター出演みたいな内容でたくさんの人物が出てきましたが、今後は10作目のような映画は作れないでしょう。人物と人物の持つ性質や役割が比べ物にならないくらいに増えすぎたからです。
3)壮大なスケールやストーリー、人物の関係性が織り成す「劇場版マジック」が歪みを作り「厄介なファン」を産む
今年は「キッドにフィルムを盗まれた」という体で試写会がありませんでした。あくまでも体で、本当の理由はファンによるネタバレ防止です。昨年の試写会で映画の中身に納得できなかった一部のファンが暴走し、ネタバレと共に制作陣を誹謗するコメントを映画の公式アカウントの返信欄に書き込んだり、場所は違っても似たような言葉がインターネット上に書き込まれました。残念ながら今も続いていて、先日地上波で前作が初放送された際にも監督のもとへ沢山の誹謗中傷のコメントが送られています。
誹謗中傷の理由を意訳すれば「蘭を出し抜いてコナンとキスした灰原の映画作った人だから」というもの。まぁはっきり言ってバカ丸出しの厄介ヲタクだ~そんなこと監督に言ってもどうしようもないでしょ、と思いますが、でも同時に心無いコメントを書き込むのも理解できてしまいます。
21作目、23作目、今作はラブコメですが、ラブコメの対象は新一と蘭ではない。劇場版での主人公の新一とその彼女である蘭のラブコメが少ないんです、主人公なのに。あと、ウルトラ級な人物が活躍したら否が応でも「かっこいい」と思わざるを得ないでしょう。というか実際にかっこいいんです。カッコよく見せようとしているのでカッコよくて当たり前なんです。ストーリーも壮大だし。
周りは劇場版という華々しい舞台で見せ場があるのに、いくら新一の姿になるのが簡単ではないとは言えさすがに可哀そうかもな、と思います。「劇場版という華々しい舞台」、、、コナンは少年サンデーに連載されている原作漫画が大元。新一と蘭が付き合う事になったのも原作。ある意味原作は創造神と言えますが、映画のリピーターが単行本を買ったりしてコナンそのものを熱心に追っかけているとは思えません。サザエさん時空で話が進まないからです。推しキャラが絡まないと読まない人もいるはず。サンデーを毎回買って読む人なんかもっと少ないでしょう。
みんなの最も注目がいく媒体は原作でもなく、テレビアニメでもなく、劇場版。沢山の予算がかけられた劇場版です。お金がかかっていれば見栄えだって良くなりますよ。良くなって当たり前ですよ。名実ともに劇場版は創造神である原作を差し置いて「華々しい舞台」になっているんです。なってしまったんです。そしてファンは思うんです。「華々しい舞台、スクリーンで生き生きした(見せ場が割り当てられた)我が推しの姿を見てみたい」と。
新一と蘭のファンなんかそりゃもう何年も前から待ち望んでいるでしょう。しかし他に枠をどんどん取られるし、既に原作でもテレビアニメでもキスしているのに、いざスクリーンで人工呼吸とはいえ他キャラにキスされると、まぁ........言いたいことは分かりますよね?
一旦新一達のラブコメを横において、今作のキッドに目を向けましょう。キッドはコナンのキャラクターではなく「まじっく快斗」の主人公、黒羽快斗。いわばお客さん、スターシステムで登場しているキャラクターです。コナン世界の為に生み出されたキャラクターではないのですが、そのようなキャラクターをコナンに出すと歪みが生じ始めます。
今作でいえば「快斗の父親、盗一は生きており新一の父との双子の兄弟で、新一と快斗は従兄弟だった」という設定です。以前から意図して快斗と新一の顔を寄せていると言われていましたが、正直これはキッドがコナンに登場する前から考えられていたのでしょうか?そうだとしてもキッドって中森警部を2発被弾させるような奴でしたっけ。というか泥棒が親族ってどういう事だよ。どうやって落とし前つけるんだ?
......と、このように劇場版で伏線回収するどころか新たな疑問が出来上がり、物語は進まず拡張するばかりです。劇場版の中で収まる話だとしても、キャラクターの押し売りで~というのはもうさっきから何回も書いているのでやめます。
長々と書きましたがこれをお気持ち表明をとらえるか、的外れな意見ととらえるか。この状態が続けばコナンそのものに対して見切りをつける人が出てきてもおかしくないでしょう。自分はもうその手前まで来ているような気がします。勝手に見切りをつけるだけならまだマシで、試写会を中止にした人達みたいに暴走するファンが出てきたらもう最悪です。タイトルの「限界が迫っている」状況が私の的外れなお気持ち表明で終わってくれたら非常に良いのですが。
北海道・函館にある斧江財閥の収蔵庫に、怪盗キッドからの予告状が届いた。
今回キッドが狙うのは、幕末を生きた新選組副長・土方歳三にまつわる日本刀だという。
ビッグジュエルを追い求めるキッドが、なぜ刀を狙うのか…?
一方、西の名探偵・服部平次とコナン達も、函館で開催される剣道大会の為に現地を訪れており、犯行予告当日、平次がキッドの変装を見事見破り追い詰めるが…!?
圧倒的爆発不足「名探偵コナン 100万ドルの五稜星」レビュー · 幕末
1年早いもので、今年も劇場版名探偵コナンの時期がやってきました。2024年は北海道函館市を舞台にした「名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)」。劇場版は毎年欠かさず観ていますが、1年経つと内容を忘れてしまうこともしばしば…。なので、感想と要点をまとめておきます(ネタバレあり)。
ムビチケ頂いていたのを忘れていて今更の鑑賞。
冒頭数分見逃してしまったのもあって
最初なにがなんだか分からなかったけど、
とにかく全編イベントごとがおおく、あれよあれよと進んでいく感じ。
良く言えば飽きない、悪く言えば置いていかれる。
出てくるキャラクターも、
映画オリジナルからいつものメンツ、劇場版初登場キャラまでどんどん出てくるのでお祭りみたいだな〜と面白かったし、
終盤阿笠博士と少年探偵団が思い出したかのように出てきた時は思わず笑ってしまった笑
推理とアクションのバランスは良かった!
でも推理の中身は分かるようでピンとこない感じ…これは私が整理できずで悪いかも!
唯一の殺人事件の犯人や動機が雑過ぎたのは残念。
おまけみたいだった。
あくまで殺人事件よりお宝は一体なんだ?どこにある?がメインで進んでいくけど、
ずっと「うん十年前の武器なんて今の世にどれだけの価値があるんだよ」と思ってしまって、そんなものを武器商人が狙っているというのが意味不明だったし、
実際最後に暗号機だって分かっておじいさんガックリしてたけど、ちょっと想像したら分かるやろ、とは思ってしまった…。
おじいさんの息子もなんか雑な描かれ方で、これはあくまでコナンシリーズの人気キャラのわちゃわちゃを楽しむものだなぁと!
ただ、沖田総司が格好良過ぎて、それが知れたので個人的にラッキー!笑
もっと活躍してほしい。
というか沖田くんも顔似てるよね!?
まさか………あんたも血縁か!!
来年も映画楽しみにしてまーす!!
『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』を4DXで見るべき「4つ」の理由
人生で二度目の「名探偵コナン」を視聴。
前回観たのは2002年「ベイカー街の亡霊」。推し脚本家の今は亡き野沢尚さんが唯一書かれたコナンだった。あれから22年😱…よく続いてるなぁ。
という事で本作。余りにも評判がよく、特に今泉監督がXでべた褒めされていたり、五稜郭、土方絡みというのも興味を持ち、観賞。
成程、人気があるのも分かる。思っていたより、古き良き漫画映画っぽくて、非常に魅力的。アニメーションの良さを最大限に活かし、躍動感ある画面作り、最初から最後まで惹き込まれる。
これは函館に行きたくなるなぁ。
そして、お馴染みのキャラクター総登場も映画ならでは(僕は知らないんだけど)。キャラを知ってるともっと面白いんだろうな。
というか、沖田総司って名前のキャラが、元々いるのか!?
#100万ドルの五稜星
#名探偵コナン
本格時代劇風の縦書きテロップで時代背景を説明してくる。劇場で密かに笑いました。血しぶきも景気よく舞い、ツダケンボイスで作品の渋さがさらに上昇。そしてツダケンが背後の敵を一突き。そして残った血の星形、そこを覗くと……現代へ。最高。そしてこのシーン、ここで印象づけられた血の星形がクライマックスで大きな意味を持ち、それがまさにタイトルの『100万ドルの五稜星』へと繋がっていく。ここ最近、具体的には『緋色の弾丸』以降ですが、毎回タイトルが凝ってて良いですね。本編を観たらタイトルの意味が深まって理解できるという仕掛け。逆に『紺青の拳』の拳は「根性ってこと?」という感じで止まってます。
恒例となった大ヒットシリーズの感想レビュー回、劇場版『名探偵コナン100万ドルの五稜星』をヨケイなお世話のジャガモンド斉藤と語り尽くす!
"名探偵コナン(映画)" シリーズ第27作。
通常スクリーンで鑑賞。
原作マンガは未読、テレビシリーズは関連作を予習済み。
予想通り、ラブ要素がかなり強めな代わりに事件の謎解きは物足りませんでしたが、服部平次と遠山和葉の関係にキュンとさせられてしまうだけで、充分元は取れると思います。
怪盗キッドと平次のキスの因縁や、沖田総司や大岡紅葉などのキャラの説明は殆ど無いので、一見さんにとってのハードルがかなり高くなっているのがちょっと気になりました。
しかしながら、ミステリーなのに謎解き以外でも楽しめてしまう作品は稀有ではないかなと思いました。シリーズが約30年に渡って積み上げて来たものが実を結んだ結果でしょう。
今回の目玉となるキッドの秘密も、元からそう云う設定だったのだとしたら、青山剛昌氏の周到さに舌を巻く思いです。単に作画の加減だと思っていたのに、かなり驚きました。
恒例の超絶アクションもついにここまで来たかと云うレベルで、もはや超人の域に達しているキャラが繰り広げるバトル・アクションはスリル満点で、手に汗握りっぱなしでした。
シンガポールをめちゃくちゃに破壊した前例があるので、今回ももしかしたら函館の街が木っ端微塵になってしまうのではと心配していましたが、杞憂に終わって良かったです(笑)。
『劇場版アニメコミック名探偵コナン 100万ドルの五稜星』上巻の内容は?(商品紹介ページより) ..
コナン映画はこだま兼嗣監督の手掛けた作品は毎年楽しみに劇場へ足を運び、監督変更後からは惰性で見続け、漆黒の追跡者辺りでそれも苦痛になり、毛利小五郎の声優交代が決定打となり見ることもやめ、数年経て嗜好が変わりハロウィンの花嫁辺りから地上波で放送されているのを再び見始めました。
運良く劇場へ行くことが出来たのは紺青の拳(1回)、黒鉄の魚影(複数回)と言った感じですが、今年は本当に酷かったです。
作画崩壊、凄まじかったです。
紺青の拳もストーリー展開等いろいろツッコミ所があって複雑ではありましたがそこまで作画が崩れていたと言う印象だけはなく、なんとか耐え切って最後まで見ましたが、今年はこれ以上は時間の無駄だと、評判であるラスト数分まで耐え切れずに帰りました。
冒頭のいつもの紹介の時点で既にテーマが散文としてまとめ切れていないと感じ(桜に寄せるか北海道に寄せるか純和風でまとめるかごちゃごちゃな印象で目が痛いと思いました)、屋内でバイク音→ステンドグラスを破壊してキッドを追う服部の流れで頭が痛くなり、助けを求めたもののそれに気付かず立ち去る通行人→被害者の死亡と言う描写で無になりました。
今の流れ本当に必要だったか?と思う場面が多かった印象です。
被害者の死体、カットが移ると描写がかなり簡略化されており、そこの描写曖昧にしてどうするんだともう序盤で心が折れてました。
時間の都合でドルビーシネマを利用したのですが、そもそも設備を生かされるレベルの映像美や内容でもなかったです。
見せ場で原作者の原画を使用するとかではなく原作者の原画でその場その場をどうにか凌ごうとしているようにしか見えませんでした。
キャラクターに関しての描写も酷く、特に何の危険性も無い状況で屋内でバイク走らせる服部とか見たくなかったです。私怨でバイクを走らせてステンドグラス破壊しているのはただの危険人物でしかなかったです。
試合に参加しなかった服部に対して和葉が怒鳴り散らさなかったのも違和感でした。恋愛要素絡めたら和葉も別人になったし試合そっちのけでデートスポット調べてる服部も誰だこいつ状態になったように思います。
作画も酷ければキャラ崩壊も凄まじかった今作でした。
初登場時に声色一つで警察関係者を自ら呼び集め、コナンを圧倒したキッドはどこに消えてしまったのかと思うくらい程度の低いキッド擬だったように思います。
わざとらしい京都弁、どすえとか平気で言ってしまう怪盗キッドは見ていて正直苦痛でした。
誰に変装しているのか分からない、そこを解き明かし事件の真相へ迫るのが怪盗をメインに据えるとしても必要だったのではないでしょうか。
すぐにバレる変装をするキッド、そう言うノリで話を展開するのは一応名探偵コナンの映画なので、アプローチ方法を見直してくださいねと映画見に行って現実逃避してました。
中森警部が撃たれるシーンも、誰に撃たれたのか分からなければ危機的状況に感情移入も出来たのでしょうが、敵役の私が撃ちまーす!よし!出来ましたー!いま撃ったの私ですよー!と言わんばかりの犯人サイドの隠す気の無さに白けました。
これで内容がもう少し違っていたら耐え切れたのかもしれませんが、キッド回がどうのと言うより魅力的なキャラクターをこれだけ揃えておいて纏めきれなかった、捌き切れなかった所に問題があるかと思います。
舞台が北海道函館、五稜郭。
三つの勢力に分かれており、お宝として金塊の可能性を示唆するような描写。
そして土方歳三。
これだけ聞いたら思いつく方は必ず居ると思います。
そうですね、ゴールデンカムイですよね。
ただでさえまとめ切れていないのにそこをオマージュ()などちょっと考え直すことが出来なかったのですか?と聞きたくなるくらいでした。
敵サイド、2つにする意味ありましたか?
味方サイドにキッドが参入するのも何をしてんだと呆れたくらいです。
金塊も土方歳三も組み込むのがあまりにも幼稚だと思いました。
暗号も酷く、見ている側にこれはもしかして…?と考える余地も何も絶対に解かせる気のない謎でも何でも無いミステリ()でした。
作画とキャラ崩壊、穴だらけの内容。
この監督の作品はもう劇場で見ることはしないと思いました。
紺青の拳が刺さった方は楽しめるかと思いますが、黒鉄の魚影が最高だと思った方は一度考えた方がいいかと思います。
私は小学生の子が頑張って描いた方がまだ上手くそして微笑ましく思えるのに、金を払って見た映画でこんな手抜きな函館市街の景色を見させられるのかと、映像美も何もないなと時間の浪費とを天秤に掛けてそこで帰りました。
劇場のポテト美味しかったです。
椅子はフカフカで設備は良かったです。
今年の名探偵コナンは『100万ドルの五稜星(みちしるべ)』 ..
去年の黒鉄の魚影から映画館で見だしました。
もちろん前作も良かったのですが、今作はそれとほぼ互角の面白さでした!
高評価の点としては、
・ラブコメとギャグ、コメディのバランスの良さ
・キャラクターの立ち位置とそれぞれの活躍
・アクションシーンなどのカメラワーク
・原作にも劣らないミステリー要素
・現代と過去の絡み合わせ
・エンドロール後の衝撃の真実
ざっとこんな感じです。
ネットでもチラホラ「前作より作画が酷い」「派手さが少し欠けている」などの意見がありました。
自分的にはそこら辺はあまり気になりませんでしたが、唯一の懸念点として
爆発が少ない というところが気になりました。
実質の被害としては、
・武器商人ブライアン・D・カドクラにより普通車が1台爆破
・福城聖が操縦していたセスナが函館山の中腹に突っ込む
・セスナに積まれていた爆弾が海?に落ちる など
まあ爆発が少ない理由として、
・函館市から建造物や文化遺産(五稜郭)などの爆破の許可が下りなかった
・ここ数年で被害の規模が大きく、特に前回のキッド回の「紺青の拳」での被害規模が大きすぎて、今作では爆発は一旦箸休めに
今作は、歴代最高の興収157億円・動員1100万人突破や、史上初となるシリーズ累計観客動員数1億人突破などもあって、来年の次回作にも期待ですね!
今年一番人気な映画『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』徹底レビュー【沖田遊戯の映画アジト】 · Comments221.
で、肝心のストーリーだけど、久々にミステリー要素の強い内容だった。そのせいで初見ではストーリーや人物相関図を正確に把握するのが難しい。だからこそ、初見で話の流れを把握してから2回目、3回目と鑑賞すれば、見えていなかった部分が見えてきておもしろさが増してくる。また、各キャターに想いを馳せる余裕が生まれて感情移入もしやすくなってくる。そういった今作の魅力を一つずつ語ってみようと思う。
劇場版 名探偵コナン 100万ドルの五稜星 豪華盤 [Blu-ray] · 劇場版「名探偵コナン ..
それにしても今作は劇場版では珍しくかなりハイペースだったよね? 観客の理解が追いつく前に、ストーリーが先へ先へと進んでいく感じだった。いつもは劇場に見に来る子ども達を考慮してか、もうちょっとゆったりしたペースになっていた気がするんだけど。次から次へと解き明かされる謎解きに、ストーリーの合間に挟まれるアクション、ラ要素も詰め込んできて、とてもじゃないけど2時間弱に収めるには情報過多だったと思う。だからといって謎解きのレベルを落としたり、ミステリー要素をカットしたりと観客に迎合しなかったのは高く評価したい。
名探偵コナン 100万ドルの五稜星』158.0億円。『劇場版ハイキュー!
『 100万ドルの五稜星』を3回観てきたよ! 3回観て思ったのは、初見より、2回目、3回目のほうが断然におもしろかったということ。正直なところ初見では、内容が難しすぎて私の頭ではついていくのが大変だった。しかもラストのキッド様の真実があれだからな~。あれ、予想の範囲内だろ。PVであんなに煽ることじゃないだろ。あとでじっくり語るけど、コナン好きでキッド推しなら誰もが一度は考えるネタだったぞ。
【ネタバレ注意⚠️】とんでもない作品誕生…〈100万ドルの五稜星〉感想&考察 · Comments207.
名探偵コナンといえば、誰が犯人か?というのも楽しみのひとつではありますが、今作は明らかに悪党面の悪者(ブライアン・D・カドクラ)が登場し、どちらかというとシティハンターやルパン三世のように、悪党を追いかけながらカーチェイスなどを繰り返して話が展開していきます。この強盗団とは別に本命の犯人はいますが、いつものように誰が犯人なんだろう?というワクワク感はないかもしれません。ひとつあるとすれば、服部と対峙した仮面を身につけた刀使いが誰なのか?というくらいでしょう。果たして、カドクラに指示を出していた船上の外国人はどうなったのでしょうか…?財宝を破壊するための爆弾に巻き込まれたのか?疑問が残ります。